野辺送り蓮台&前卓(のべおくりれんだいとまえじょく)

野辺送りとは、遺体(いたい)を埋葬地(まいそうち)または村の境界領域(きょうかいりょういき)まで運び、死者(ししゃ)をあの世に送り届ける意味(いみ)を持つ。村で火葬(かそう)が行われていた真宗(しんしゅう)のこの地方では、火葬場までが野辺送りの道中(どうちゅう)となっていた。蓮台は死者を入れた柩(ひつぎ)を乗せる台で、焼香机(しょうこうづくえ)としての前卓には香炉(こうろ)や供物(くもつ)などが供(そな)えられた。

所在地(しょざいち)は、木戸町(きどちょう)の南西の台地。ここは以前、村の火葬場のあった所で、戦前(せんぜん)までこの地で野葬式を行い、火葬が行われていた。大正15年の長因寺(ちょういんじ)本堂(ほんどう)再建(さいけん)の時、寺内(じない)の無縁墓地(むえんぼち)がここに移され、蓮台も南向きから東向きに変更(へんこう)され現在(げんざい)に至(いた)っている。今日(こんにち)では、毎年(まいねん)お盆(ぼん)に先立ち木戸町の女人講(にょにんこう)により無縁仏(むえんぼとけ)の供養(くよう)がここで行われている。

蓮台と前卓には、「明和四亥十二月日當村中」と刻(きざ)まれており、江戸時代(えどじだい)中期(ちゅうき)の1767(明和4)年に作られたものであることがわかります。