大浜街道(おおはまかいどう)

大浜街道

大浜(おおはま)から挙母(ころも)や足助(あすけ=現在の豊田市)方面(ほうめん)へ塩(しお)を運ぶ重要(じゅうよう)な街道でした。東海道(とうかいどう)とは知立(ちりゅう)と岡崎(おかざき)とのほぼ中間地点(ちゅうかんちてん)で直角(ちょっかく)に交(まじ)わり、茶屋(ちゃや)として発展(はってん)しました。その西側(にしがわ)を浜屋町(はまやちょう)、東側(ひがしがわ)を宇頭茶屋(うとうぢゃや)と言い、地名(ちめい)として残っています。

街道を示す石碑(せきひ)は、これより1キロメートル程豊田市(とよだし)よりに建(た)てられています。